この古墳は、広島県福山市駅家町法成寺の
保育所の南少し西よりにあります。
その保育所は、
私が子供の頃、通っていた保育所です。
もちろん、この古墳にも、
子供の頃、来た事があります。
今回は、2009年の1月1日に、
実家に帰省して機に訪れました。
そして、その翌日の1月2日に
箱根駅伝を見ていたら、
総合優勝した東洋大学の柏原が、箱根の山登り区間で大活躍し、
「新山の神」または「山の神童」としてヒーローになっていました。
その箱根駅伝とは関係ありませんが、
この古墳は、何で山の神古墳なんでしょう?
最初の写真は、その古墳の全景を撮った写真です。
左側のこんもり盛りあがった部分が円墳部分で、
右側が方形部です。
右の写真は、円墳部分を東側から見たところ。
古墳の説明です。
円墳部分に登ると石室があります。
石室は南向きです。
私は古墳の事をよく知らない
全くの素人ですが、
祈りを奉げる部分と思う方形部に、
石室が向いて開口があると思っていたので、
横を向いているのは、私にとって意外でした。
(子供の時も来た事がありましたが、
開口の向き等の記憶は全くありませんでした。)
これは石室の開口部です。
案外、入口は小さく、
しゃがんで入るのがやっとの大きさです。
しかし、内部は、以外に広いです。
説明には、
玄室の側壁は四方から持ち送られとあり、
中に入ると、確かに、それが良くわかります。
右の写真は、玄室の奥の壁です。
これは、入口を向いて撮った写真です。
入口は、非常に狭いです。
右写真は、天井です。
説明書きの通り、天井石は、2枚です。
側壁は、かなり持ち送られて、
せり出しています。
クメール遺跡の、せり出し構造までの
せり出しではないですが、よく似ています。
参考として、
せり出しアーチ構造を持つTa Muan遺跡は、
ココ
をクリックください。
ここは石室の上部です。
石室上部から、
前方後円墳の方形部を見たところ。